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東京高等裁判所 平成11年(う)1357号 判決 2000年7月12日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人大川守正(以下「被告人大川」という。)の控訴の趣意は、弁護人伊藤卓藏作成の控訴趣意書に、被告人福嶋翠(以下「被告人福嶋」という。)の控訴の趣意は、弁護人大橋堅固、同佐野真共同作成の控訴趣意書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

被告人大川及び被告人福嶋の各弁護人の所論は、いずれも事実誤認の主張である。

被告人大川の弁護人の所論は、要するに、原判決は、犯罪事実及び事実認定の補足説明において、被告人大川が平成二年一一月にオクト株式会社(以下「オクト」という。)の会長を退任した後も同社の実質的な経営者であったと認定し、これに基づいて同被告人の本件特別背任の事実を認定、判示しているが、被告人大川は会長辞任後は実質的な経営者ではなく、原判決はこの点について重大な事実誤認をしている、また、原判決は、事実認定の補足説明において、被告人福嶋の検察官調書に依拠し被告人大川が本件融資(原判決が犯罪事実に記載した各融資を指す。以下同じ)に関与していたと認定、判示しているが、これは事実誤認であって、被告人福嶋の検察官調書は信用性に欠ける。したがって、本件融資が日本ハウジングローン株式会社(以下「JHL」という。)の河原曻(以下「河原」という。)らの背任行為であるか否かを論ずるまでもなく被告人大川は無罪である、というのである。

また、被告人福嶋の弁護人の所論は、要するに、原判決は、犯罪事実において、被告人福嶋が右河原らと共謀して本件特別背任を犯したことを認定、判示し、事実認定の補足説明において、その理由を詳細に説示しているが、原判決が、本犯者である河原らの特別背任の成立を認めたのは事実誤認であり、身分なき被告人福嶋に河原らとの特別背任の共同正犯としての責任を認めたのは誤りである、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討するに、原判決が犯罪事実及び事実認定の補足説明で認定、判示するところは、当裁判所も全て正当として是認することができる。所論にかんがみ、付言する。

一  原判決は、犯罪事実において、被告人両名の本件特別背任の事実を認定、判示し、さらに、事実認定の補足説明において、本件の基本的事実関係を検討し、河原ら四名の特別背任の成立を認め、これらを前提に、被告人両名の特別背任の成立を認定しているところ、原判決が認定する右犯罪事実の要旨は次のとおりである。すなわち、「被告人大川は、不動産の売買等を目的とするオクトの代表取締役社長を、また、金銭の貸付け等を目的とするオクトファイナンス株式会社(以下「オクトファイナンス」という。)の代表取締役を務めていたところ、平成二年六月に法人税法違反により逮捕・起訴されたことから、同年八月にオクトの代表取締役社長を辞任して代表取締役会長に退き、また、オクトファイナンスの代表取締役も辞任し、同年一一月にはオクトの代表取締役会長も辞任したが、その後もオクト及びオクトファイナンスの経営上の重要事項の決定に参加して両会社を実質的に経営していたものであり、被告人福嶋は、オクトの代表取締役社長、オクトファイナンスの代表取締役として両会社の業務全般を統括していたものであるが、不動産等を担保とする住宅資金貸付け及びその他の金銭の貸付け等を目的とするJHLの代表取締役社長として同社の業務全般を統結し、同社の行う金銭の貸付けに当たっては、同社の貸出規定等の定めを遵守するはもとより、予め貸付先の営業状態、資産、資金使途等を精査するとともに、確実にして十分な担保を徴求するなどして貸付金の回収に万全の措置を講ずるなど同社のために職務を誠実に実行すべき任務を有していた河原、同社の常務取締役でローン開発部担当役員として事業ローン案件の貸出しに関する審査及び実行などの同部の貸出しに関する業務全般を統括し、河原同様の任務を有していた浅井良二(以下「浅井」という。)、同ローン開発部長として事業ローン案件の貸出しに関する審査等の同部の貸出しに関する業務を統括し、河原同様の任務を有していた林伸秀(以下「林」という。)及び同ローン開発部副部長として事業ローン案件の貸出し等同部の貸出しに関する審査等を担当し、河原同様の任務を有していた松井要(以下「松井」という。以下四名を「河原ら四名」ということがある。)と共謀の上、オクトの利益を計るなどの目的をもって、平成三年八月三〇日ころから同年一一月二九日ころまで間、四回にわたり、河原ら四名において、JHLで、オクトファイナンスがJHLの系列会社である日本エイチ・エル・興産株式会社(以下「HLK」という。)に対して負担する一切の債務についてJHLが連帯保証する旨を予約(HLKから請求があり次第、直ちにJHLにおいてオクトファイナンスの債務につき連帯保証人となり、保証債務を履行するというもの。以下「本件保証予約」という。)した上でJHLからHLKに金銭を貸し付け、右貸付金を用いて同社をしてオクトファイナンスを経由してオクトに貸し付けさせる方法により、右河原ら四名の前記各任務に背き、オクト及びオクトファイナンスには担保として提供できる資産がなく、右各貸付金の返済能力がないことから、右の方法でJHLがHLKに貸付けを行い、更にHLKからオクトファイナンスを経由してオクトに貸し付けさせれば、後日本件保証予約が完結してJHLがHLKに連帯保証債務を負担し、かつ、保証債務の履行に基づく求債権の行使による貸付金の回収も危ぶまれる状態にあったから、右の方法による貸付け及び本件保証予約を行ってはならないのに、本件保証予約をした上で、JHLからHLKに各金銭を貸し付け、いずれも即日、同社をしてオクトファイナンスを経由してオクトに各同額を貸し付けさせて、JHLに合計金額一八億七〇〇〇万円の損害を加えた。」というのである。

二  被告人大川の弁護人の所論について

1  被告人大川は会長辞任後オクトの実質的経営者ではないという主張について

(一)  原判決は、事実認定の補足説明において、被告人大川がオクトを実質的に経営していたことを認定し、これを前提として被告人大川の本件特別背任を認めた理由を詳細に説示しているところ、右の点に関する原判決の判示部分を見ると、その要旨は次のとおりである。すなわち、「<1> 被告人大川が、オクトの発行済株式一五〇〇万株のうち、平成三年一月末時点では八〇三万四〇〇〇株(五三・五六パーセント)を、平成四年一月末時点では七九一万四〇〇〇株(五二・七六パーセント)を保有していたこと、<2> 代表取締役辞任後も、被告人福嶋から平成三年一月期の決算報告を受け、赤字決算回避を強く指示したこと、<3> 平成三年中に被告人福嶋からオクトの役員人事に関して相談を受け、平成四年四月には、当時のオクトの役員を自宅に集め、今後の役員人事を協議したこと、<4> 執行猶予(前記法人税法違反で言い渡された有罪判決のもの)期間満了後にオクトの経営に復帰する考えを有していたことなどを考慮すれば、<5> 被告人大川が代表取締役辞任後もなおオクトの経営に多大な影響を及ぼし得る立場にあったこと(オクトファイナンスについても同様)、<6> そして、被告人大川は、前記オクトの代表取締役社長辞任後、一旦は子飼いの井上清(以下「井上」という。)を社長に据えて被告人福嶋の代表権を外したが、被告人福嶋を信頼するJHLから苦情が出たため、被告人福嶋を社長とし、その代わりに井上及び青木良枝(以下「青木」という。)を副社長に据え、前記代表取締役会長を辞任したときには、妻の大川俊子を会長に据えるなどしていて、<7> 右辞任後もオクトの経営への支配力の維持を図ったことがうかがわれること、加えて、<8> 被告人大川は、自己の資産を投じて設立したオクトを苦労して育て上げ、オクトの破産申請の際は、当時の代表取締役井上から了承を求められるなどしているほか、<9> 自己が保有するオクトの株式をJHLからの融資金の担保に供しており、また、被告人大川が本件融資当時熱心に取り組んでいたマレーシアプロジェクトはオクトの支援を受けていて、同プロジェクトを進めていたオクタワーズ・マレーシアの株式は平成二年末ころオクトのJHLからの借入金の担保に供されていたから、被告人大川は、オクトの代表権を失った後も、オクトの存続及び経営状況に非常な関心があったといえること、<10> オクト関係者の供述も右推認に沿うものであって、それらは、被告人福嶋の手帳の記載や小野報告(八月一三日付け報告書)その他のJHLの内部文書によって裏付けられること、<11> また、被告人大川が、本件融資中の平成三年一〇月一六日ころ、JHLを訪ね、河原及び浅井らに対し、『オクトの運転資金の件では、いつもお世話になっています。今後も迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします。』と挨拶した旨の浅井の捜査段階の供述や、<12> JHLは、環境の厳しい中小不動産業者のオーナーを支援し経営に専念させる趣旨で、被告人大川個人の納税資金を融資した旨の河原の公判供述は、前記認定に沿うものであること、<13> 以上によれば、被告人大川は、両社の代表取締役を辞任した後も両社を実質的に経営していて、オクトの存続及び経営に重要な影響を持つ本件融資に関与していたと推認され、右認定に沿う被告人大川の捜査段階の供述の信用性を肯定できる。」というのである。

(二)  所論は、原判決の<1>ないし<4>、<6>、<8>、<9>の各事実を概ね認め、特にオクトの幹部人事に介入していたことを認めた上で、これらは大株主として当然であると主張し、原判決の認定は被告人大川のオクトの大株主としての言動と「会社の経営」とを混同しているなどと原判決を要旨次のとおり論難する。すなわち、右<1>の被告人大川がオクトの大株主であることから、直ちにオクトを「実質的に経営」していることにならない、<4>の前刑の執行猶予期間満了後オクトの経営に復帰する考えを有していたことが実質的経営者であったことの根拠となるのか疑問である、<2>の被告人大川が平成三年一月期の決算報告を受けたこと、被告人福嶋に赤字決算にならないように指示したこと、<3>の平成四年四月に当時のオクトの役員を自宅に集め「今後の役員人事の協議」をしたこと、<8>の被告人大川がオクトが破産申請する際に被告人福嶋らから了解を求められたこと、<9>の被告人大川がその保有するオクトの株やオクタワーズ・マレーシアの株をJHLへ融資金の担保に入れていたから、オクトの存続及び経営に非常な関心を有していたことは、いずれもオクトの大株主として当然のことであり、これらは、被告人大川がオクトの実質的経営者の根拠となるものではない、<10>の手帳の記載に基づいて述べている福鳴の検察官調書は、原審公判における弁護人の福嶋に対する尋問によってその信用性は大きく崩れている、また、被告人大川がオクトの実質的な経営者であるように記載してある小野報告のその部分は信用性はない、などと主張する。

(三)  そこで、以下検討する。

(1) 関係証拠によれば、原判決が認定するとおり、右<1>ないし<4>、<6>、<8>、<9>の各事実及び浅井が捜査段階で、河原が公判で原判示のとおり各供述していることが認められ、これらの事実に照らせば、被告人大川が会長辞任後もオクトを実質的に経営していたものというべきである上、以下検討するところによれば、被告人大川が会員辞任後もオクトを実質的に経営していたことに疑問を差し挟む余地はない。

(2) まず、所論が認めている被告人大川の幹部人事の介入等について具体的に見ると、関係証拠によれば、<1> 平成四年四月の株主総会前、被告人大川がオクトの役員を自宅に集めて次期役員人事を協議しようとしたところ、専務取締役の三浦素行(以下「三浦」という。)が被告人大川宅に行かなかったため、被告人大川は憤慨し、株主総会で三浦のその役職を外す動議を出すなどと言い出し、これを察知した三浦が株主総会で降格される前に自ら辞めた方が良いと判断してその役職を辞任したものであり、被告人大川が三浦を辞任させたといっても過言ではないこと、<2> 被告人大川が被告人福嶋にした平成三年一月期の赤字決算回避の指示は、原判決が判示するとおり、オクトの監査法人である保森会計事務所から「売上げの計上基準を引渡基準から契約基準に変更するのは相当ではない。その結果、売上げ高が過大に計上されている。」との反対意見を監査報告書の中で付されながらも、被告人福嶋らオクトの経理担当者が売上げ計上の基準の変更を強行する結果をもたらしたものであり、その指示は強かったものであること、<3> 被告人大川がマレーシアで経営するオクタワーズ・マレーシアの株式をJHLに従前の融資金の担保に提供したのは、右オクタワーズ・マレーシア等の関連会社がオクトからの送金で事業を進めていたところ、平成二年末ころ、オクタワーズ・マレーシアの全株式一二五〇万株を従前の運転資金の担保として差し入れるように要求されたため、被告人大川はこれに応じたものであり、自ら行う他の事業にオクトの資金を活用していること、<4> オクトは、JHLから、JHLも経営が困難となりこれ以上融資できないので自己破産を申し立てるようにと勧められ、それに従う判断をした社長の井上及び会長の被告人福嶋が被告人大川の指示を仰いだところ、同被告人から右申立てもやむを得ないと許可がおりたため、平成五年一二月五日に自己破産の申立てをしたものであって、右自己破産の申立ては被告人大川の最終的な判断に基づくものであることが認められる。

右被告人大川の各行動を見れば、所論が主張するような大株主として報告を受けたり、指示したり、了解したり、あるいはオクトの経営に関心を持っているなどという程度に止まるものでないことは明らかであって、経営者としてのものと言わざるを得ず、経営者の行動と見られるのは、右以外にも、<5> 被告人大川が代表取締役社長を務める株式会社オオカワ・コーポレーション(旧称株式会社オー・エム、以下「オオカワ・コーポレーション」という。)は、被告人大川の意向で、株式会社オリエントコーポレーションから融資を受け、転売目的でビルを購入したが、転売できずに借り入れた金員の利息の支払に窮し、被告人大川の指示で、オクトがその利息の支払をすることとなり、平成三年にオオカワ・コーポレーションに利払資金を回したこと、<6>右オオカワ・コーポレーションは外国人女性の本を出版したが、被告人大川は、平成三年一〇月一四日、被告人福嶋らに手伝わせオクトの本社で来日したその女性を歓迎したことが証拠上認められる。

(3) さらに、関係証拠によれば、<1> 被告人大川は、中学卒業後働いて蓄えた一〇〇万円を資本金として設立したオクトを苦労して大きな会社に育て上げ、設立以来、前記のとおり、平成二年一一月に代表取締役会長を辞任するまで一貫して代表取締役を務め、いわゆるオーナー社長として社内で絶大な権力を保持し、オクトをワンマン経営してきたものであって、前記のとおり株式の過半数を所持していること、<2> 被告人福嶋は、株式の店頭公開を目指してオクトの管理体制を作るために人材を派遣してほしいとの被告人大川の要請を受けた新日本証券から昭和五七年ころオクトに派遣されたもので、被告人大川より約一一歳年上であるが、他方、井上は、昭和五一年ころオクトに入社して主として営業に従事し、被告人大川の指示に忠実に従ってきたものであって、被告人大川の子飼いの部下であり、被告人大川より約一〇歳年下であり、青木は昭和五〇年にオクトに入社し、被告人大川の秘書として勤務してきたものであることが認められ、右各事実に、<3> 原判示の被告人大川がオクトの代表取締役社長、会長辞任の際に行った人事を併せ考慮すれば、被告人大川は、代表取締役社長や同会長辞任後も大株主としてオクトの経営に多大な影響を及ぼし得る立場であって、それらの辞任の際に、それまでのオクト経営の支配力の維持をまず人事面で図ったことは明らかである。

加えて、関係証拠によれば、<4> 被告人大川は、右会長を辞任した後、社長室(会長室)として使っていた部屋を同被告人の部屋として残し、被告人福嶋には副社長のときと同じ部屋で執務をさせ、オクトの全体朝礼に出席し、社員に対して被告人大川をオーナーと呼ぶように申し渡したことが認められ、右各事実に照らせば、被告人大川は、会長辞任後もオクトのオーナーとして同社の経営を被告人福嶋に譲る考えはなく、従前のようにオクトを実質的に経営していたことは明らかであり、被告人大川も、捜査段階において、「私はオクトの代表取締役社長及び会長を辞任したものの、オクトの経営を手放すつもりはありませんでした。法人税法違反により起訴されたため、謹慎する意味や裁判における情状を有利にするためもあってオクトの代表者を辞任したものの、いずれ事件が無事に解決したら、当然オクトの代表者として復帰するつもりであったので、オクトの社長等を退職後も、オクトで私が社長等として使っていた部屋はそのままの状態で私の部屋として残し、被告人福嶋が社長になっても、副社長のときと同じ部屋で執務をさせていました。」などと前記認定事実に沿う供述をしているのである。

そうすると、原判決が認定した被告人大川の会長辞任後の行動等を、大株主のものと経営者のものとに分けて論ずる所論は、当を得たものではなく、到底採用することはできない。

(4) そして、オクト関係者の捜査段階の供述も、被告人大川がオクトを実質的に経営していたことを供述しているのであって、ちなみに、被告人大川の子飼いの社員である井上の捜査段階の供述を見ると、同人は、「オクトの営業に関しても、大川が完全に実権を握っており、営業に関する重要事項は全て大川に報告し、その指示を仰いでいた。平成三年ころ、私は副社長であったが、ついつい報告を福嶋に任せきりにして、あまり仕事のことを報告しなかったところ、何かの会議の席で、大川から『代表者で、営業という職責を持っていながら、ろくに報告もしない奴がいる。』と私の名前こそ口に出さなかったが、誰が聞いても私のことだと分かる表現で出席した役員全員の前でひどく非難されたことがあった。これにはさすがの私もまいってしまい、それ以後は、仕事が終わった後でその日の営業状況を報告書にまとめ、それを青木室長に頼んで渋谷にある大川の自宅に毎日ファックスで送ってもらうようにした。」などと自ら体験した忘れ難い出来事も交えて被告人大川が実質的にオクトを経営していた状況等を具体的、詳細に供述しており、被告人大川を恩人と思っている旨原審で述べている井上が被告人大川に不利な供述をすることは考え難いことにも照らせば、その供述は十分に信用できる。

そして、被告人福嶋はじめ他のオクトの関係者の供述は、右井上の供述とも良く符合し、さらに、これらの供述は被告人福嶋の手帳や小野報告にも符合しているのであって、各供述の信用性は高い。

(5) ところで、所論は、被告人福嶋が「昭和六二年以降JHLから借りた運転資金は手帳に一切記載していない。」と原審公判で供述していることを取り上げ、右供述は、被告人福嶋にとってJHLからの運転資金の借入れが被告人大川に報告するほどのものではなかったことを意味するのであり、そうすると、手帳の中の「オーナー報告」は被告人大川にJHLからの借入れを報告した記載であるという被告人福嶋の検察官調書は、右原審供述と矛盾しているから、検察官調書の信用性は原審供述により崩れた、と主張する。

しかし、被告人福嶋の手帳を見ると、そこには、例えば、平成三年九月三〇日の欄に「JHL 會田副社長 浅井常務 林部長 月末資金について 6レ」との記載があり、同被告人は、これは「平成三年九月三〇日にJHLの林部長から六億円の融資の決裁が下りたと告げられた記載である。数字の次の『レ』は億の意味で使っている。」と説明しているのであって、このような記載は他にも右手帳の中に見られるのである。

ところで、右手帳の記載状況につき被告人福嶋の検察官調書を見ると、同被告人は、「実際にあったことを毎日手帳に記載した。昭和五七年にオクトに出向する以前の新日本証券株式会社に勤務していたころから毎日の出来事を、その日のうちに手帳に記載する習慣であった。時折、二、三日分をまとめて記載することもあったが、それ以上ためて後日まとめて記載するということはしていない。一日の出来事が多いときには書ききれないこともあり、忘れて書き落としている出来事もあると思うが、手帳に記載されていないからといって、ある出来事がなかったとはいえない。しかし、逆に、なかった出来事をあったかのごとく記載するということは絶対にない。」旨供述し、さらに、「手帳の『オーナー報告』というのは、直接大川オーナーと会って報告した場合のことを記載している。オーナーと電話で話した場合には、『オーナーTEL』と書く。」などとその時にした報告まで明確に分けて記載している旨供述しているのであって、右供述に照らせば、被告人福嶋の手帳の信用性は高く、右手帳の記載に基づき、手帳の中にJHLからの運転資金の融資をうかがうことができる記載をしている旨説明するとともに、被告人大川に右融資について報告している旨供述している被告人福嶋の検察官調書の信用性に疑問を差し挟む余地はない。

したがって、同被告人の右原審供述をとらえて右検察官調書の信用性を否定する所論は採用できない。

また、所論は、「問題点としては、経営体制でオーナーによる経営支配が強く、現福嶋社長の経営が阻害されている点である。」等と記載のある小野報告は被告人大川に良い感情を持っていなかった三浦からの伝聞で信用できない、と主張する。

確かに、小野報告は三浦から情報を得た部分があるとうかがわれること、前記三浦がオクトの役職を辞任した経緯からすると、同人が被告人大川に良い感情をもっていないと推認されることは所論指摘のとおりであるが、作成者の小野總一(以下「小野」という。)は、捜査段階において、「私は、平成三年四月ころ、JHLの河原社長から『オクトに行ってくれ。』『経営してきてくれればよい。』と言われ、するべきことを特に指示されずにJHLからオクトに出向したが、何をすべきか分からなかったので、オクトでの私の前任者の眞尾猛(以下「眞尾」という。)に何をしたか尋ねたところ、『取締役会に出席して、その内容をJHLに報告していた』と教えられたので、私も、取締役会の内容をメモし、それを報告書にまとめてJHLに報告した。私は、平成三年六月下旬からオクトの常勤取締役になり、財務、経理及び法務担当の副社長になり、オクトが資金繰りにも窮していることが分かってきたので、私の目から見たオクトの窮状等をまとめて報告しておくべきだと思い、取締役会の内容報告とは別の報告書を作ってJHLに報告した。」と供述しているのであり、このような視点に立って作成され、しかも、三浦から得た情報の他に小野自ら見聞したことに基づいて報告書を作成していることは証拠上明らかであるから、右小野報告の信用性は高く、同報告中に伝聞にわたる部分があっても、その信用性は否定されるものではない。

(6) なお、所論は、被告人大川が会長辞任後オクトの実質的経営者でなかった証拠があるとして、被告人大川の関与なく収支改善計画が作成されたことを取り上げ、原判決が事実認定の補足説明で、オクトが平成三年一〇月に、<1> 売上げの増大、<2>借入金総額約八六〇億円中の約三〇〇億円の借入金の金利棚上げ、<3> 管理費及び建設等に関する融資金の金利負担が重くのしかかっていたオクト本社ビルの売却、<4>不採算部門であった「ホテル光水閣」のオクトから別会社への分離を内容とする「収支改善計画」を作成し、その作成には被告人大川の関与がなかったと認定、判示していることを有利に援用している。

しかし、関係証拠によれば、その作成経緯は原判決が判示するとおり、要するに、収支改善計画は、JHLの社長が河原から會田稜三(以下「會田」という。)に替わったときに、會田あるいは株式会社日本興業銀行(以下「興銀」という。)等からオクトに対する融資の責任を問われるのに備え、浅井、林らが、オクトに収支改善を指導するなど不良債権をできるだけ増やさないように努力していたという、単なる形作りの目的でオクトに作成させたものであり、真にオクトの再建を目指したものではなく、右内容を見ても、実現自体困難であったと認められるものであるから、それが被告人大川が会長辞任後オクトの実質的経営者でなかった証拠となるものではない。

2  被告人大川は本件融資に関与していないという主張について

原判決は、事実認定の補足説明において、「本件融資も、被告人福嶋がJHLと折衝しているが、被告人大川に対して、自らあるいは青木を介してその都度報告してその了解を得ており(乙一三。八月分は同月一九日と二八か二九日、九月分は同月中旬と下旬、一〇月分は同月二三日、一一月分は同月一八か一九日)、被告人両名間で本件融資に関する意思の連絡はできていた。」と判示している。

所論は、要するに、原判決が右事実を認定した証拠として被告人福嶋の右検察官調書を掲げているが、同調書添付の被告人福嶋の手帳(写し)を見ても、平成三年九月、一一月については、原判決が判示する月日ころに「オーナー報告」という記載はないのであって、検察官調書中にそのころ被告人大川の了解を取った旨の供述が存するだけである、右手帳の「オーナー報告」の記載及び検察官調書は信用できない、これに基づく原判決の認定は事実誤認である、というのである。

確かに、所論指摘のとおり、右手帳には、右九月、一一月につき、原判決の判示する月日ころに「オーナー報告」という記載は見られない。

しかし、検察官調書において、九月と一一月については、被告人大川に報告したことを具体的、詳細に述べている上、前記のとおり、被告人福嶋は、手帳には記載漏れもあるが、記載しなかったからといってその事実はなかったとはいえないと供述していることに照らせば、九月と一一月は被告人大川に報告したが、手帳には記載しなかったと理解すべきであり、また、八月と一〇月については、右手帳に「オーナー報告」の記載があり、右記載が信用できることは前記のとおりであって、さらに、「オーナー報告」の記載の前後にこれに関連した融資に関する出来事が記載されていることからすれば、その信用性に何ら疑問はない上、検察官調書でもその状況を具体的、詳細に説明しているのであり、これらは三浦や井上の捜査段階の供述によっても裏付けられているのであって、手帳の記載や検察官調書の信用性に疑問を差し挟む余地はない。

3  被告人福嶋の検察官調書は信憑性が欠けるという主張について

所論は、要するに、被告人大川が本件融資に関与していたことにするについて、上位者として被告人大川がいたことにした方が罪が軽くなるという意識があった被告人福嶋と取調べ担当検察官の訴追意欲が完全に一致したことにより被告人福嶋の検察官調書が作成されたものであって、客観的な証拠とも符合せず、被告人福嶋の検察官調書は信憑性が欠ける、と主張する。

しかし、記録を検討しても、所論が指摘するような形跡はなく、客観的な証拠と矛盾しているようなところは見られない上、原判決が判示するとおり、被告人福嶋の捜査段階の供述は、本件の客観的事実に沿い、信用性に疑義のない関係者の供述とも齟齬がない上、必ずしも判然としない字体で記載した自分の手帳の記載内容を自発的に解読して、右手帳の記載を裏付けとして具体的、詳細に事実関係を明らかにし、被告人大川への報告、同被告人からの指示状況等他の証拠から必ずしも明らかとはならない事実も述べているほか、逮捕直後から一貫して本件犯行を認めた内容となっている。しかも、被告人福嶋は、公判で、勾留質問の直前等捜査の初期の段階から、弁護人と数回接見し、事実でないものは認めなくともよいとの助言を受けたこと、取調べ検事はソフトな感じで、取調べの雰囲気も穏やかであったこと、調書の内容の一部について取調べ検事と議論して訂正を申し立てたが、取調べ検事の説明に納得して右申立てを取り下げたことなどを供述していることや、被告人福嶋の経歴等、さらには被告人大川に恨みはないなどと原審で供述していることなどを考慮すると、被告人福嶋の捜査段階の供述の信用性に疑問を差し挟む余地はない。

4  その他、被告人大川の弁護人はるる主張するが、記録を検討しても、原判決に事実誤認はない。

被告人大川の弁護人の論旨は理由がない。

三  被告人福嶋の弁護人の所論について

1  本犯者であるJHLの河原らの特別背任の成立を認めたのは事実誤認であるという主張について

原判決は、前記のとおり被告人福嶋の本件特別背任を認定しているところ、所論は、要するに、本件融資について、JHLの河原らが、オクトヘの支援を積極的に進めた自己の責任問題を回避しようとしたという図利目的はないし、オクトには担保・返済力がないことを認識しながら、任務に背いて貸付けをなしたという義務違反と目さるべきものはない、というのである。

そこで、以下検討する。

(一)  河原らの図利目的について

(1) 原判決は、河原らの図利目的について、前記のとおり犯罪事実において判示し、さらに、事実認定の補足説明において、要旨次のとおり判示している。すなわち、「河原は、融資を打ち切ってオクトを倒産に追い込むと、昭和六二年一二月以降資金繰りが好転しないオクトに対して担保物件の水増し評価や迂回融資の方法をとってまで月末運転資金の融資を継続してきたことや、オクトの不良在庫不動産の処分に協力してきたことなど、JHLがそれまでにオクトに対して行った数々の支援の実態や、被告人大川個人に対しても、オクトの増資新株払込資金や同被告人の納税資金を融資し、前記法人税法違反被告事件の保釈保証金の融資先を斡旋するなど、JHLが本来扱う事業ローンの範疇に入らない支援も行っていたことなどが対外的に明らかになり、不動産融資に対する社会的批判の高まる中、これらオクトヘの支援を積極的に進めた自己の責任問題に発展するおそれがあったため、これらを回避しようとして、本件融資を実行して、JHLに損害が生じることを意に介さずオクトの利益のためにその延命を図ったものと推認される。河原と同様の事情にあった浅井、林及び松井も、河原に賛同して行ったオクトヘの数々の融資等の支援の実態が対外的に明らかになって責任を追求されるおそれがあったばかりか、JHL内でいわゆるワンマン社長として強大な権限を持っていた河原の意向に逆らえば人事上の不利益な処遇を受けるおそれがあったため、これを回避しようとして回収が危ぶまれる中、従前の運転資金融資に引き続いて、本件融資を実行して、オクトの利益のためその延命を図ったものと推認される。」というものである。

(2) 所論は、要するに、昭和六二年以降の貸付けが明らかになっても河原らの責任問題に発展するおそれはない、担保物件の時価以上の評価、在庫不動産の売買協力は、一般的に他の金融機関対取引先で行われてきたことであり、JHLでもオクト以外の資金需要者の取引先とも同様であって、これらとオクトの取扱いが根本的に異なり、オクトのみを金融機関として異例、違法に遇したことを十分に立証する証拠はない、河原らは、従前の融資についても本件前後の融資についても、何ら不当、違法なものとは認識しなかったからこそ、社内手続として他の融資と異なるところなく起案、稟議、決裁、実行してきたものである、などと主張する。

(3) 関係証拠によれば、オクトの経営状況の悪化等は、原判決が判示するとおりであると認められ、その骨子は、「オクトは、昭和五八年ころから、それまでの戸建て住宅建築販売中心から商業ビル、マンションの建設販売に業態を変化させ、事業を拡大させて売上げを増加させてきたが、バーター取引等を繰り返し、売上げ増大の中には多額の不健全な取引分が含まれ、借入金も増加し、昭和六二年後半から資金繰りに苦しむようになり、オクトの経営状況は、平成二年後半から急速に悪化し、事実上の破綻さえも予想されるほどになった。同年九月からJHLに融資金を返済できずに返済能力を喪失し始め、時期を追う毎に悪化の一途を辿り、本件融資直前には、バブル期を上回るくらいに地価が再騰して不動産市場が活性化するといった奇跡でも起きない限り建て直しは不可能なほどの事実上の破綻の様相を呈し、融資金の返済能力を喪失していた。」というものである。

そして、関係証拠によれば、このようなオクトに対するJHLの本件融資前までの貸付け状況等は、原判決が判示するとおりであると認められ、その要旨は次のとおりである。すなわち、「河原は、JHLが、住専としては後発で、住専各社との厳しい競争を強いられ、住宅ローンだけでなく事業ローンも積極的に展関することによって業容拡大を図らざるを得ない状況にあったところから、JHLの横浜支店の発展に貢献したオクトを有力な取引先と位置づけ、オクトが業態を変更するのを積極的に支援することとした。そして、昭和六〇年四月に、JHLの貸出しとして予定されていないようなオクトの増資新株払込資金二億三五〇〇万円を被告人大川に融資し(同被告人が有するオクトの未公開株式を担保)、また、昭和六一年一二月には、複数の役員の反対を押し切り、審査部の評価額約四三億八〇〇〇万円であったにもかかわらず、オクトがバーター取引で取得しようとしていた東京都豊島区内の賃貸用ビル用地の取得資金六七億円を融資した。昭和六二年にオクトの事業資金等の融資申込みについて、当時のローン開発部長駒田及び副部長松井は、オクトの業況等を調査し取引先として不適当であると河原に報告したが、河原はこれに激怒して駒田らにオクトヘの融資を厳命した。その後、浅井、駒田、林(駒田の後任者)、松井は、河原の強固な意思に逆らえば、強大な人事権を持つ河原からいかなる人事上の不利益な処遇を受けるか分からないと危惧し、オクトヘの融資はその要求どおり実行せざるを得ないと考え、昭和六二年一二月以降毎月のように運転資金の融資を行うようになったが、担保としてオクトから提供された物件は第二順位以下の抵当権しか取得できず、融資金の確実な回収措置を採っていなかったことから、適切な資金計画も立てずに収支が悪化しているオクトヘの融資に危機感を募らせ、昭和六三年七月ころ以降の稟議書等JHL内部の書類上では、オクトヘの運転資金の融資を事業資金の融資と仮装したりした。そして、オクトヘの殆どの融資は、緊急を要することなどを理由として、通常の融資手続と異なって本来付議されるべき役員協議会で協議されることなく、融資に関する稟議書の持ち回り決裁による承認を得て実行され、しかも、右持ち回り決裁はまず河原及び浅井が決裁して融資の実行を承認するため、その後に稟議書の回付を受ける役員は異を唱えることなく決裁するという特異な手続をとっていた。JHLは昭和六二年一二月以降毎月のように運転資金の融資を継続したが、一向にオクトの資金繰りが好転しないほかりか、オクトは物件を高値で仕入れているため、まともに査定評価すると担保余力のある物件を探し出すのが困難で、JHLは、昭和六三年九月ころからは、担保物件の十分な調査もせずにオクトの販売希望価格を基準にその担保価値の査定評価を繰り返すようになり、オクトに対する融資は、融資金額に見合うような担保を取得した形を整えただけの実質担保割れの状況になった。しかも、これらの物件は既に一番抵当権が設定されており、JHLは、取得できる後順位の抵当権の設定登記を、オクトの経営悪化が対外的に知れるのを避けるなどの理由で、留保していた。さらに、平成三年二月末に実施した一〇億円の運転資金の融資の際には、担保の査定評価の対象は土地であるにもかかわらず、その土地上に建物を建築した後に土地建物を一体として販売する際のオクトの販売予定額を基準として、その土地を査定評価するという担保の大幅水増し査定を行うなど、担保の水増し査定さえも限界に達した。JHLは平成三年二月末ころまでには、オクトに対し、運転資金の融資も含めて約二七四億円にも上る総融資残高を有するに至ったが、オクト保有の殆どの物件を担保徴求していたため、今後の融資にオクトから徴求し得る担保はなく、担保の水増し査定も限界に達していた上、総量規制等金融引き締め政策の下、突出した貸出しは得策ではないとの判断もあって、オクトを直接相手方とする新規の融資を実行することが困難となった。右総量規制の実施を契機に、世論が不動産業者に対する金融機関の融資姿勢に厳しい見方をするようになり、平成三年初め、日本銀行が経営状況に問題があると指定したとされるオクトを含む不動産業者のリストが週刊誌に掲載されたことなどから、都市銀行等は、問題不動産会社への大口貸出しを控えるなどしていた。このような状況下で、JHLでは、JHLの直接融資残高の増加を押さえ、オクトヘの融資を外部から見えにくくするため、河原が指示し、浅井、林らが、オクトに対する迂回融資の方法を検討し、JHLの系列会社であるHLKを経由させ、オクトファイナンスを介在させる迂回融資を考え出し、同年四月三〇日、オクトファイナンスのHLKに対する債務についてJHLの保証予約(HLKの眞尾専務取締役が要求したもの)をした上で、HLKに一八億円を融資し、それをHLKがオクトファイナンスに融資し、さらにオクトファイナンスがオクトに融資するという迂回融資によってオクトヘの運転資金を融資し、その後も、五月から七月にかけて、オクトに迂回融資の方法で合計三六億五〇〇〇万円の運転資金を融資した。そして、業況の悪いオクトヘの二七〇億円の直接融資残高が他の金融機関と比べて突出していて好ましくないと判断した河原の指示で、林、浅井らは、右融資残高を二〇〇億円以下にするため、七月に、一旦、迂回融資でオクトに八三億円を融資し、金利等を引いた約七八億円を右融資残高に直接弁済させるという方法も採った。」というものである。

(4) これに対し、所論は、バブル期の前後にあっては物件価格は日を追って上昇しているし、また土地上に建物を建てた上で一体として売却する場合は、土地・建物合計の収入が期待できることから、単純な土地の評価を超える金額の貸付けをなすことはJHLの取引先に対しても行われたことであって、かつ金融機関でも全般的に通例のことであり、また、神宮前物件等の売買は通常の取引として成立したものである旨主張する。

そこで、関係証拠により、所論が指摘する点を詳しく見ると、前記のとおり、オクトは、JHLから平成三年二月末に一〇億円の運転資金の融資を受け、その際JHLに郡山市内の土地を担保に提供したが、右土地は株式会社大信販からの買受代金約一九億円を借り入れて購入し(大信販が根抵当権を設定)、更地のまま保有していたものであるところ、JHLの査定額はその仕入れ価格の約二倍の三九億〇六〇〇万円であり、右金額は、土地上に事務所ビルを建設し土地建物を一緒に売却する際のオクト側の販売予定額四三億四〇〇〇万円の九〇パーセントの金額として算出したものであることが認められ、浅井は、捜査段階において、「このような計算による担保評価は水増しもいいところで、到底許されない。この融資は実質的には無担保でなされたということである。」と断言しているのであって、所論が主張するように、このような評価が通例であるとして許されないことは明らかである上、関係証拠によれば、JHLでは、昭和六二年四月、河原の発案で、社員が事務手続を理解して手続に遺漏がないようにするため、事務手続上遵守すべき事項や指針をまとめ事務マニュアルとして作成しているのであり、その事務マニュアルでは、事業資金融資のような長期金融では、融資先の企業経営に不測の事態が生じる危険が高いので、その融資実行に当たっては、担保取得した不動産に原則として第一順位の抵当権を設定登記するなど確実な担保の徴求を必要としており、しかも、事業用不動産等の処分は困難であることから、担保価値の査定評価は慎重であるべき旨要求し、そのため詳細な鑑定評価規定も作成されているのであって、このようなJHLの事務マニュアル等に照らせば、JHLのオクトからの右担保徴求の状況は、遵守すべき事務マニュアル等を無視したものであるといわざるを得ない。

また、関係証拠によれば、河原は、少しでもオクトの資金繰りを好転させようと考え、昭和六三年一月から三月にかけて、オクトが在庫として抱えていた東京都渋谷区神宮前の物件(以下「神宮前物件」という。)等を、JHLの系列会社の日本エステート株式会社(以下「日本エステート」という。)に買い取らせる措置を採ったが、右神宮前物件等の売却後の事情については、原判決が判示するとおり、オクトは、駒田正名らとの協議で、日本エステートに売却損ないし右物件の売却までの金利負担に伴う損失が生じた場合、オクトはこれを補填する旨合意し、現実に損失が発生したが、JHL側から右合意に基づく補填を求められることはなかったことが認められ、これは、所論が主張するような通常の売買といえないことも明らかである。

加えて、前記のとおり、JHLがオクトファイナンスまで介在させて重畳的な迂回融資の方法を採っていることに照らせば、迂回融資は、JHLが経営状況の悪化したオクトに対する融資を隠ぺいする目的で行われたことが容易にうかがわれ、異例の融資であったことは明らかであって、これらを取り上げて見るだけでも、本件融資前の河原らのオクトに対する融資は、これが明らかになればその責任を問われるべきものであり、まして、前記認定の河原らのオクトに対する融資状況等に照らせば、他の金融機関も行っている、JHLでもオクトを他の資金需要者と同様に扱っていたなどと言って責任を免れないことは明らかである。

(5) ところで、所論は、前記原判決の認定事実を前提として、<1> 運転資金も事業資金のカテゴリーに属するものであって、殊更オクトのみに対し他の運転資金貸付先と異なる取扱いをしたという趣旨ではない、<2> 稟議が持ち回りとなるのも、極力融資額を少なくすることを目的に、月初・月中・月末毎に区分してオクトから出されていた資金繰り表について再度融資実行日の前日辺りに検討を加え、本当に必要な額に絞り込むため役員協議会にかける余裕がなかったためである、しかも、次の役員協議会には報告されてメンバーらに明らかにされている、<3> 持ち回りの決裁も、必ず河原の決裁を先決としていた訳ではなく、不在のときには、河原に次ぐ役員が決裁していた例の如く単なる役員の席順によったことにほかならないとして、本件融資手続は、他の融資手続と同じように、起案、稟議、決裁、実行してきたものであるから、河原らは、不当、違法なものとの認識はなかった、と主張する。

しかし、前記JHLの事務マニュアルでは事業ローンと運転資金とを明確に区別しているのであって、浅井は、捜査段階において、「昭和六三年八月ころ、駒田部長及び松井副部長に対し、今後、貸出し稟議書は運転資金の貸出しであることが分からないように記載して下さいなどと指示した。」旨供述していることに照らせば、所論が主張するように運転資金も事業資金のカテゴリーに入るなどとして融資目的を偽ったことを正当化できないことはいうまでもないことである。

また、関係証拠によれば、<1> JHLでは、法人に対する貸出しについては、JHLの営業上等の観点から取引先を拠点会社、戦略会社、育成会社(これらは河原が興銀にいた当時考え出したものである。)、それ以外の不動産会社等に区分し、それぞれ決裁基準を定めており、オクトは拠点会社等の認定を受けておらず、それ以外の不動産会社に該当し、オクトに対する貸出しの決裁は、新規貸付け及び既存の貸付けで高額なもの(長期貸付けで残高が二億円、中、短期貸付けで五億円を超えるもの)は常務会の決裁が必要であるとされていること、<2> ローン開発郡が所管する事業ローンの貸出稟議は、必要な書類を作成して常務会の決裁前に予め担当役員と事前協議を行うこととされており、担当役員の承認を得ると、業務推進部を経由して常務会に付議されること、<3> 常務会は貸出承認等の営業関連事項の審議決定を役員協議会に委任していたこと、<4> 役員協議会は毎週火曜日に開かれていた(なお、正規の役員協議会の協議手続を踏む時間的な余裕がないような場合には持ち回り稟議が行われていた。)こと、<5> 役員協議会で審議決定されると、稟議書が作成されて常務会の構成員により持ち回りで決裁されていたことが認められる。

ところで、関係証拠によれば、オクトからの借入れ申込みがあったときには、上記のような手続を採らず、<1> ローン開発部長が書類を整え、これをローン開発部の担当役員である浅井に提出し、浅井が貸出しの判断をした後、社長の河原がこれを決裁し、その後、持ち回り決裁と称し、稟議書に先に社長の河原や担当役員の浅井の決裁印を押し、他の役員協議会の構成員にこれを回していたこと、<2> 他の役員協議会の構成員は、先に社長の河原の決裁印があるため、JHLをワンマン的に経営し、強大な権力を有していた河原や同人の信望を得ていた浅井に反対することもできず、承認の決裁印を押していたものであり、本来あるべき前記の手続とは異例の手続を採っていたことが認められる。

確かに、オクトからの融資金の要望金額が月末までなかなか決まらなかったという事情が存したことがうかがえないわけではないが、前記認定事実に照らせば、オクトに対する融資は、ローン開発部の担当役員である浅井と社長の河原で実質的な実行の決定を行い、他の役員協議会メンバーには事後追認的に稟議書を回して押印してもらうという取扱いをしていたものであり、これは、当時、ローン開発部長の林や浅井ら関係者が捜査段階においてその旨一致して供述していることからも裏付けられているのであり、持ち回り稟議をしたのは所論指摘のような事情ではないのであって、また、持ち回りの決裁は必ず河原の決裁を先決としていたわけではないなどといってその手続を正常なものとなし得るものではなく、したがって、所論は失当である。

(6) なお、所論は、JHLの役員は、オクトに十分な個別担保がないため資産勘定物件担保の方途を採り、オクトに対する貸付けを目立たなくする等の意図でHLKを介する迂回融資の方法で融資を実行したこと、本件貸付けに際しては即時の返還は無理で長期的展望を要すること等原判決が違法な貸付けであるとする点を、いずれも河原、浅井らと同様に認識した上で、正式に機関決定しているのであるから、本件融資が河原、浅井らの個人的・図利目的に出た行為であるとする前提は崩壊している、と主張する。

確かに、関係証拠によれば、<1> 平成三年七月一日開催の業務推進協議会の議題の資料にオクトの資金繰りの悪化した状況等を記載したローン開発部作成のオクト(株)貸出状況という書面(九一年六月二八日付け)が存すること、<2> また、平成三年七月三〇日開催された役員協議会において、ローン開発部長の林は、同部作成の「オクト(株)」という資料(甲28添付のもの)に基づいてオクトの状況は厳しい旨を説明したことが認められる。

しかしながら、前記のとおり持ち回り決裁と称する稟議書の決裁状況に照らせば、JHL内では、経営状況の悪化したオクトヘの融資の是非を本格的に討議したことはなく、役員協議会の構成員の意見を聴取することなく融資の実行が承認されていたものである上、関係証拠によれば、右ローン開発部長の林が説明した時にも、出席役員から何らの質疑や意見は出されず、河原が「現状から見るとやむを得ないな。」と言って高額の融資をする旨簡単に宣言をしていることが認められるのであり、河原ら四名以外の役員等JHL関係者にはオクトの現状等が詳細に周知されてはいなかったと推認され、このことは、右役員協議会から八か月経過した平成四年三月三〇日開催の役員協議会において、当時のJHLの業務企画室室長の高林眞樹(以下「高林」という。)が、JHLのオクトに対する債権状況の調査結果に基づき、オクトやオクトファイナンスに対するJHLの無担保での金銭貸付け状況やオクト再建の困難性などについて報告したところ、會田社長はじめ役員全員が水を打ったように黙り込んで静まり返ったことが証拠上認められ、報告者の高林は、「役員全員が『ひどいとは思っていたが、そこまでひどかったのか。』と大きなショックを受けているように見えた。」と供述していることからも裏付けられていることである。

2  河原らに義務違反はないという主張について

原判決は、前記のとおり、犯罪事実において、河原ら四名の義務違背を判示し、事実認定の補足説明において、本件融資が実質無担保であったことを説示した上、河原ら四名の任務違背につき要旨次のとおり判示している。すなわち、「河原ら四名は、本件融資当時、オクトの経営状況は事実上破綻の様相を呈しており、その経営状況が回復する見込みはないなど、両社を始めとするオクトの関係会社には債務の返済能力がなく、両社には本件融資金を十分に担保する資産がないことも認識しながら、本件融資を、オクトに対し、HLK・オクトファイナンスを経由する迂回融資の方法によって実行させたから、保証予約が完結してJHLがHLKに連帯保証債務を負担し、しかも、右債務の履行に基づいて求債権をオクトファイナンスに行使しても、本件融資金の回収が危ぶまれる状態にあったのであって、JHLをこのような本件融資金の回収が危ぶまれる状況に置くことが、犯罪事実記載の河原ら四名の各任務に背くものであって、河原ら四名が各任務違背の認識を有していたことも認められる。」というのである。

(一)  所論は、要するに、本件融資のころ、オクトはその融資に直接見合う具体的な担保物件を提供できず、その返済についても短期間に実現することは不可能であったことは事実であるが、オクトは、不動産会社として現に活動するゴーイング・コンサーンであったことも間違いなく、決して「事実上破綻していた」わけでも「即倒産」でもなかった、当時の経済界の景気予測によれば不動産市況は上昇するという見方が支配的であり、オクトにおいて収支改善計画も作成されていたのであるから、これらの行方を見ながら再建が可能かどうかの結論が出るまで融資することは当然許されるか、少なくも経営の裁量の範囲に属することである、と主張する。

(二)  しかしながら、関係証拠によれば、本件融資のころのオクトの経営状況は原判決が判示しているとおりであって、オクトの側のみならずJHLの側から検討しても事実上の破綻状態であったことは明らかであって、これは、前記のとおり、ローン開発部が作成した平成三年七月三〇日付け「オクト(株)」と題する書面、「資金繰りも逼迫の度を強め、借入増と預金の取崩しで繰り回りしているが、資金の支援なければ即破綻」と記載のある小野報告(平成三年八月一三日付け、右記載が信用できることは原判決が事実認定の補足説明で説示するとおりである。)、さらには、本件融資後に調査されたものではあるが、「オクトの自己努力による再建は不可能で支援しても収支改善は期待できない。」旨のJHLの「オクト(株)業務企画室審査報告」(平成四年三月三〇日付け業務企画室作成)、加えて、同年一〇月ころJHLに対して実施された大蔵省の検査において、「オクトとオクトファイナンスは一体の企業と判断、決算書の限りでは完全に破綻企業」とされていることなどにより裏付けられているのであって、さらに、本件融資が実質無担保で行われ、このような本件融資が、担保を徴求して融資すべきことを定めたJHLの貸出・管理回収業務決裁規定等に反することは証拠上明らかであり、その貸付金の回収を危うい状態に陥れるものであって、これを行った河原らがその任務に背いていることはいうまでもないことである。

(三)  ところで、所論は、不動産市況や前記収支改善計画を持ち出して義務違反はない旨主張しているが、関係証拠によれば、不動産市況の回復については、原判決が判示するとおりであって、平成三年当時の政府の経済政策は、不動産市況の低迷を見て、金融緩和の方向に転換しつつも、総量規制解除後も「トリガー(引き金)方式」と称する総量規制の機動的再発動を視野に入れ、地価税の新設等税制面でも地価抑制策を継続しようとするものであったことから、たとえ地価が再騰してもすぐに抑えられ、地価の再騰によって不動産市況が活性化する状況にあったとはいえず、平成三年一二月末ころに総量規制が解除きれたときも、不動産市況は活性化するには至らなかったものであり、しかも、様々な要因によって形成される地価の動向は、確実に予想できるものではなく、現に平成二年ころから平成三年ころの不動産市況の見通しを見ても、地価が再騰して不動産市況が活性化するなどという意見がある一方で、不動産市況は引き続き停滞するとの予測や、更に地価が下落するとの予測もあるなど一様ではなかったのであり、このように、地価が再騰して不動産市況が回復するとの予測は一つの見方に過ぎず、確たる根拠のあるものではないのであるから、そのような予測を頼りに、実質無担保のまま融資することが許されないのはいうまでもないことである。

また、収支改善計画は形ばかりの実現困難なものであることは前記のとおりである上、原判決が判示するとおり、収支改善計画が作成された後において、JHLの業務推進協議会で収支改善計画が説明された形跡はあるものの、これに基づくオクトの再建が可能か否かという肝心の点については十分に検討されたことはうかがえないのであるから、オクトの再建が可能か否かの結論が出るまで融資することは当然許される旨の所論は、前提を欠くものであり、失当であるというべきである。

(四)  さらに、所論は、本件融資以降もオクトは長期にわたって通常の営業を続け得たのであり、本件融資時において、実質的に破綻していると評価することは到底できない、収支改善計画が実行されず、不動産市況が空前の低迷を続けてすらオクトは一定期間持ちこたえたのであるから、収支改善計画に従った支援が現実に検討中であり、かつ平成四年以降のこれほどの不動産市況の低迷を予測することが困難であった本件融資時に立てば、本件融資を行ったことに何ら違法性はない、と主張する。

しかしながら、本件融資時においてオクトが事実上破綻していたことは前記のとおりである上、関係証拠によれば、本件融資後のJHLの融資状況は、原判決が判示するとおりであって、會田が本件融資後の平成四年一月一六日に河原の後任としてJHLの社長に就任した後は、オクトヘの月末運転資金の融資金額が一段と絞り込まれ、前記のとおり、JHL業務企画室が「オクト(株)業務企画室審査報告」の中で、オクトの自己努力による再建は不可能で、支援しても収支改善は期待できないとの調査結果を明らかにした後は、JHLは、オクトに清算を前提に対応し、最終的には破産申立てを促すに至ったものであるから、本件融資から破産申立てまでに期間があったことは、本件融資の違法性を失わせるものではなく、所論が依拠する前記収支改善計画でも不動産市況の長期不況を予測していたものであるから、不動産市況の低迷を予測することは困難であったなどといえないことはいうまでもないことである。

3  被告人福嶋に特別背任の共同正犯が成立するとしたのは誤りであるという主張について

原判決は、犯罪事実において、被告人福嶋が河原らと共謀して本件特別背任を犯したことを判示し、事実認定の補足説明において、「非身分者である被告人両名に、身分者である河原ら四名との共同正犯性を肯定できるかを検討すると、オクトは、JHLから継続的に融資を受けて多額の融資残高を有していて、単なる一時的な借受人ではなく、JHLと持ちつ持たれつの関係にあるといえるような状態で、被告人両名は、河原ら四名が、本件融資に応じなければ、オクトに対する積極的な支援の結果としての巨額の融資残高が回収不能となって責任問題に発展するなどの苦境に陥る状況にあることを認識しながら、それに乗じ、本件融資に応じることは河原ら四名の任務違背になることも知りながら、JHLに本件融資を申し込んでいる。」と判示し、これを共犯成立の根拠としている。

所論は、要するに、被告人福嶋は、本件融資に当たり、担保が十分でないことについては認識していたとしても、オクトの全容を明らかにし(平成三年一月期決算において売上げ基準を引渡し時から契約時に変更したこと、これについては安森会計事務所の意見があったことを含め)、また、弁済見込みについても貸し手・借り手の認識として当然即時の返済は可能ではなく、会社再建に成功した一定期間経過後に返済可能であることを前提に融資を申し込んだにすぎない、これに応じるか否かは専ら貸し手側が決めればよいことであって、被告人福嶋は、貸し手の内部手続や事情については通常の借り手以上の認識はなく、したがって、通常の借入申込みをしたにすぎない、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、原判決が判示するとおり、被告人福嶋は、一貫して被告人大川の意向に沿って行動し、オクトの代表取締役就任前から主として経理の総括責任者としてオクトの経営に深く関わり、運転資金の申込み等に当たってJHLとの具体的折衝という重要な役割を果たしており、被告人大川がオクトの代表取締役を辞任した後は、表に出られない被告人大川に代わってJHLへ融資を申し込む頻度も高くなり、河原らによる融資実行を容易にさせるため、自らが代表取締役を務めるオクトファイナンスを迂回融資の手順(スキーム)に組み入れることへの協力や、迂回融資に当たり担保を徴求した形式を整えるためオクトファイナンスからJHL宛の不特定債権担保に関する約定書等の文書を作成・提出するなどして、被告人大川の意向に沿いつつも、自らの判断でオクト側を代表する形で、一定の裁量をもって、交渉に当たり、河原ら四名による本件融資の実行に協力していることが認められ、さらに、被告人福嶋は、捜査段階において、「私は、運転資金確保というオクトの利益のためJHLの融資担当者らを通じて無担保の無理な融資をお願いし、無理なお願いに応じてもらって融資金額相当の損害を与えた。さらに無担保で追い貸しを受ければそれも回収不能になる危険が大でした。」などと供述しているのであって、所論が主張するように、被告人福嶋は単に通常の借入れを申し込んだにすぎないなどといえないことは明らかである上、関係証拠によれば、原判決が判示するとおり、被告人大川と共に、オクトの経営改善のために真摯な努力を払わず、融資返済の方策も十分に講じずに漫然と本件融資等の支援を求め、JHL及び河原ら四名を苦況に陥らせ、加えて、オクトの資金管理を十分になし得ないJHLの弱みにまでつけ込むようなことをしていることが認められるのであって、これは、当審で取り調べた破産管財人の報告書の中で、無計画、杜撰な経営、不況に対する無策等として具体的、詳細に指摘されているところからも明らかであり、被告人福嶋に特別背任の共同正犯が成立することに疑問の余地はない。

4  その他被告人福嶋の弁護人はるる主張するが、記録を検討しても、原判決に事実誤認はない。

被告人福嶋の弁護人の論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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